戦前から家族で営んでいる教会です

関わり合う人との間で生じるストレス。自分や大切な人の「健康や将来への不安」。我々人間は生きている間に、さまざまな悩み・不安・しんどさに直面することがあります。

そのようなストレス下で考えると健全な判断は難しくなりますし、何よりストレスによる自律神経の乱れは万病の元にもなり、本来なら効く薬も治りにくくなり兼ねません。

教会は、そうした悩みや願いを安心して話し、心を整え、人生を見つめ直すための場所です。

当教会では、まず参拝者のお話を十分にお聞きします。そして取次(参拝者の願いを神様に届け、神様の願いを参拝者に伝えること)を通して神様のお言葉をお伝えし、自分では気づかなかった見方や、生き方のヒントを共に探していきます。

多くの方が、参拝後に「心が軽くなった」「気持ちが整理できた」と話されます。問題そのものがすぐに変わらなくても、その受け止め方が変わることで、目の前の暗雲が晴れ、新しい道が見えてくることが往々にしてあります。

私自身、修行17年にして当たり前と思っていた日常の有難さや、生かされていることの尊さを実感しています。モンゴルやネパールで見た美しい青空に感動しましたが、その空は日本の上にも広がっています。私たちは時として、すでに与えられている大切なものに気づかずに過ごしています。

この教会が目指しているのは、悩みを抱えた人に何かを信じさせることではありません。今まで当り前に考えて見向きもしなかった恩恵の数々に気づき、気付きによってお礼の心を育みながら、どんな状況でも立ち行く心を育て、甲斐ある命をまっとうする。そのお手伝いができればと願っています。

既存の信奉者と初めて参拝される方との間に垣根や区別はありません。参拝者の約半数は仏教の方、あるいは無宗教の方です。

また、当教会から入信を勧めたり、お金を要求したりすることはありません。どうぞ神社へお参りするような気持ちで(←当教会は教派神道の一つです)、お気軽にご参拝ください。

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